豚の採血法

 この豚の採血法に関する技術情報はノルウェー獣医科大学のホームページに記載されていたものをDr.Adrian Smith の好意により、日本語訳の許可をえて紹介するものであり、日本語への翻訳に際する誤訳等の間違があった場合、それは本ホームページの管理者である私によるものです。
 この情報の作成者であるDr.Tore Framstad, Dr.Oystein Sjaastad Dr.Rolf A. Aassならびに翻訳を快く承諾してくださったDr.Adrian Smithに感謝の意を表すとともに、このページを参考にする皆さんにも彼らに敬意を抱いていただけるよう希望します。

Bleeding and intravenous techniques in pigs Tore Framstad, Oystein Sjaastad and *Rolf A. Aass Department of Biochemistry, Physiology and Nutrition,
Norwegian School of Veterinary Science
and *Norwegian Independent Meat Association,
Oslo


耳静脈


耳静脈だけがどの日齢の豚でも簡単に見える静脈です。普通は三本の静脈が良く見え、外側または中央の血管が最も太いです。血管の走行パターンと太さは豚の個体ごとでさまざまです。
写真の豚は約7キログラムです。助手はひざの間に豚をはさみ、耳を持ち上げて躯血しています。写真では22ゲージの針を使っています。指を使って静脈を怒張するようにこすることもあります。豚は汗をかくことができないので体温調節には耳の血液循環が重要です。温度が高いと静脈はより怒張し、採血がもっとやりやすくなります。




静脈に穴を開けるだけで毛細管での採血ができます。この方法はヘマトクリットやヘモグロビン量、塗抹標本を作るのに向いています。ヘマトクリットの測定にこの毛細管を使う場合には抗凝固剤を使わなければなりませんが、ヘモグロビン量の測定に使う場合には必要ありません。

     

耳静脈を新生子豚の静脈注射に利用する事もできます。特に小さい子豚に行う場合は25ゲージの細い針を使いましょう。二種類の注射法を写真に示しましたが、この子豚は少し大きいので23ゲージ針を使っています。この静脈壁は薄くて穿孔しやすいので、針をさしたあとでシリンジを取り付けるような操作はできません。静脈に穿刺する前にシリンジを針に固定しておき、穿刺後は優しく血液を吸引してみて針が静脈に入っている事を確認しましょう。耳の外縁の方から穿刺をするように心がけておけば、失敗した時にその部位より耳根側で行うことができます。
術者の親指と人差し指で針と耳を固定しています。助手が躯血を解いてから注入を開始します。注入はなるべくすばやく行わなければなりません。ですから、注入できる薬液の量も限られます。




チューブと針を連結した注射セットを利用する事もできます。翼状針をテープで皮膚に固定して使います。これを使うことの利点はチューブが柔軟であるという点です。19から21ゲージのものなどサイズもさまざまあります。


   

ここに育成母豚の中心耳静脈(中間の耳の静脈)の写真を示します。この母豚はアザペロンで鎮静しています。アザペロンには末梢血管の拡張作用もあるのでより採血がしやすくなります。
肉豚や若い母豚には18ゲージの留置針を耳静脈に使うことができます。大きな母豚では16ゲージも使えるかもしれません。緊急に静脈内投与の必要があるときにはより太いほうがいいでしょう。

留置針のカテーテルをしっかりと耳に固定しておけば、豚が激しく頭を振っても安心です。

外頚静脈



成豚からの採血に最も普通に使われるのが外頚静脈です。鼻保定器を使い、できる限り首を上に伸ばすように固定しましょう。豚がしっかりと四肢で立っているようにしなければなりません。ワイヤーは犬歯の後ろにかけて、外れたり鼻端にずれたりしないように注意します。豚は後ろに逃げようと後退するのでロープは十分に締まり、前に出ないように抑える必要もありません。
静脈注射するポイントを示します。 右側は穿刺部分をより近くから撮影した写真です。針は皮膚に対して垂直に穿刺しましょう。正確な穿刺部分は胸骨と頭部の中間、腕頭筋の側面からなる頚部の溝の最も深いポイントで、黒い点で示しています。右利きの術者は右側の頚静脈を使う方が簡単でしょう。


   

針を根元まで穿刺し、真空採血管をつなぎます。大きな母豚ではわずかに針が短い場合があり、血管上の脂肪組織がいくらか吸引される事があります。血液が採血管に流入するのが見えます。 右の写真は前のものを頚部の溝がよりはっきりと見えるようにやや前方から撮影したものです。撮影用に指を添えただけにしていますが、実際にはしっかりとホルダーを掴みましょう。

  

真空採血管を途中で交換する場合は写真のようにホルダーをしっかりと握らなければなりません。血液は右側の外側頚静脈から採取しています。ホルダーを左手で握り、優しく母豚の首に押し付けています。この場合、右手で採血管を交換します。



小さな子豚での採血

上の画像では子豚の首の静脈の走行を示しています。

A: 外頚静脈に流入する橈側皮静脈
B: 外頚静脈
C: 内頚静脈
 (B と C は吻合し、頚静脈を形成)
D: 胸骨柄(黒くマークをした部分)


50s以下の子豚ではより胸骨柄に近く、より中央に寄った部分での採血の方が適しています。穿刺部位と角度、そして深さによって違いますが、前出の写真で示した静脈のどれかから採血できます。どの静脈を穿刺するかを確定するのは難しいです。
 20kgまでの子豚なら助手のひざの上に保定します。両方の前肢を片手で掴み、もう一方の手で頭を押さえます。胸骨柄と穿刺部位を次の画像に示します。子豚の大きさによっては注射器を使うのがよいでしょう。針の中には抗凝固剤を満たしておきます。子豚では23ゲージ、やや大きくなったもので22ゲージの針を使います。皮膚を貫通してから、針を刺入しながら優しく吸引します。どの静脈を穿刺するかによりますが、10〜20mm穿刺したところで血液が吸引できます。血液が取れ始めたらしっかりと針を固定し、それ以上動かさないようにしましょう。写真のように豚の上に手を置いて針を安定させる事もできます。

   


横から撮影した写真です。助手は子豚を太腿の間にはさみ、前肢と頭だけを手で押さえています。首をあまり後ろに反らせてしまうと息ができなくなります。
より簡単に採血したいとき、もしくは子豚が暴れる場合にはチューブを使います。
20〜50sの子豚では飼槽の中で背中を押さえたり、鼻保定器を使うこともできます。右の写真の子豚は約40kg。胸骨柄を黒くマークしています。


     

新生子豚から離乳頃の子豚までは橈側皮静脈からの採血もできます。この方法は10〜15kg以下の子豚で少量の採血を行う場合に使えます。20〜50kgでもできないことはないですが訓練が必要です。他の方法と同じくらいすばやく行わなければなりません。この子豚は飼槽の中で仰向けに保定しています。前肢は後方に、やや開き気味に押さえます。この体勢だと静脈がまっすぐに近づくので採血しやすくなります。胸骨柄と静脈を黒くマークしています。




乳静脈(浅後腹壁静脈)

乳静脈(浅後腹壁静脈)は小さな子豚の乳頭の横に簡単に目視できる静脈です。写真の子豚は約30kgです。この静脈は腹壁の筋肉の外側の皮下を走行しています。しばしば触診で筋肉との違いが分かります。




採血には20ゲージの針と真空採血管を使います。針は最も静脈が見える部分を穿刺します。左の写真では二番目の乳頭の頭側を穿刺していますが、血腫を起こしたので静脈が大きく膨らんでいます。この静脈は呼気の間に拡張するので、呼吸相の呼気が始まった時に血液が流入することが多いです。針をプラスチックのホルダーとの連結部分で少し曲げておくとホルダーをあまり皮膚に押し付けなくてすみます。
50kg以上の子豚では鼻保定器を使いましょう。静脈を触ってみて、最も良く触知できる部分の皮膚を穿刺します。真空採血管をつなぎ、静脈が穿刺できるまで注意深く針を刺入します。右の写真に示したのは若い母豚です。採血者は豚の右側に立ち、針を頭側に刺しています。右利きの場合は右側に立つのがいいでしょう。豚の左側に立つ場合は尾側に向かって針を刺入するとやり易いでしょう。


  


次の写真は離乳後の古い母豚のものです。静脈を最も触知しやすい乳房組織の間で穿刺します。乳房が良く発達した母豚では隠れている場合もあります。訓練すれば5ヶ月齢以上の豚では90%以上の確率で血清学的検査に使うのに十分な量の採血ができます。この方法は習得が比較的簡単で、母豚の悲鳴からもやや離れる事ができます。母豚によってはペンの中で横臥もしくは立っている状態で保定なしで採血できる場合もあります。




尾静脈

尾静脈は尾の下側の溝を動脈に沿って走行しています。術者は尾を片手で持って持ち上げ、もう片方の手で穿刺します。20ゲージの針と真空採血管を使用します。穿刺部位は尾の一番根元で稼動する間接部分で、およそ第五尾椎のあたりです。成豚では皮膚に対して45度の角度で針を刺します。小さな豚では尾をほぼ水平に持ち、針は皮膚に平行に近い角度で刺入します。

右の写真は尾静脈からの採血が終了するところです。ここからは大きな豚からでも大量に採血するのは難しいです。動脈が静脈に沿って流れていますが、ここからの採血での危険はありません。


  

カテーテル法

実験で何度も採血の必要がある場合にはカテーテルを留置しておくのがいいでしょう。これは外頚静脈を良く使います。麻酔下でカテーテルを刺入し、これを金属のロッドを使って頚部の尾背側に貫通させます。カテーテルは皮膚の小さな切れ込みから外に出します。こうしておけば豚のストレスをかけずに採血する事ができます。

カテーテルの末端は皮膚の上に被せた小さな袋で覆います。写真のものは手作りのもので、開閉できるようになっています。採血後、カテーテルをヘパリン溶液で満たします。このカテーテルは注射や点滴に使用することもできます。


   

そのほかの方法

これはローンスターラボラトリーのDr.ウィリアムによる尾静脈からの採血の写真です。





                                                                 以上


(管理人のコメント)
 私の学んだ大学には豚がいなかったので、豚の採血は先輩や家畜保健所の先生方の仕事に同行させてもらって教えてもらいました。やがて仕事で豚の採血をするようになりましたが、いつもうまくいくとは限りません。しばらくしてから分かった事ですが、頚静脈からの採血にも保定のうまい下手があるんです。豚の立たせ方のうまい保定者だと面白いように取れますが、ちょっと豚の立ち方が違うだけで全く取れないこともあります。そんな時にたどり着いたのがこのページでした。ここでは紹介されていませんが、日本では前大静脈から採血する場合も多いです。これらの手法と豚の解剖図を照らし合わせ、より豚に苦痛を与えない、上手な採血技術を身につけましょう!



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